イノセンス

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Innocence
INDEX
概要粗筋登場人物用語台詞脚注関連ページ

概要

粗筋

イノセンス それは、いのち

映画「イノセンス」の舞台は、人々が電脳化され、
声を出さずとも、コンピューター端末を打たなくとも、ネットワークを通じたデジタルコミュニケーションが可能になる一方、
肉体の機械化も進み、人とサイボーグロボットが共存する、2032年の世界。
魂が希薄になった時代。決してそう遠くない近未来を舞台に物語の幕が開く。

主人公は、続発するテロ犯罪を取り締まる政府直属の機関・公安9課の刑事バトーバトーは生きた人形(サイボーグ)である。腕も脚も、その身体の全てが造り物。
残されているのは僅かな脳と、1人の女性、素子(もとこ)の記憶だけ。

ある日、少女型のロボットが暴走を起こし、所有者を惨殺する事件が発生。
「人間の為に作られた筈のロボットが何故、人間を襲ったのか」。
さっそくバトーは、相棒のトグサと共に捜査に向かう。
電脳ネットワークを駆使して、自分の「脳」を攻撃する“謎のハッカー”の妨害に苦しみながら、バトーは事件の真相に近づいていく。

登場人物

用語

台詞

「われわれの神々もわれわれの希望も、もはやただ科学的な
ものでしかないとすれば、われわれの愛もまた科学的であって
いけないいわれがありましょうか」
              ―――リラダン「未来のイヴ」

パイロット「レポ202より管制。現場上空へ到着。データ中継を開始する。」

バトー「状況は?」
隊長「52分前に、第一犯行現場のマンションで所有者を殺害。そのまま逃亡。更に潜伏中の第二犯行現場、未登録の通路内で警官2名を殺害。全ての出入口を封鎖、2分後に突入の予定。」
隊長「お」
刑事「9課のサイボーグ野郎だ。あんな疫病神に関わってちゃ、命が幾つあっても足りゃしねえ。」
隊長「電警が介入したがってる様です。データリンクを要求してますが?」
刑事「公安の次は電警か。丁重にお引き取り願っとけ。」

ハダリ「助けて。助けて。」
イノセンス
音声「ガイノイドによる殺人は今週に入ってから既に8件、いずれも所有者を殺害後に自壊して、電脳は初期化されています。当該機体である、ロクス・ソルス社製タイプ2052ハダリ。評価試験用の先行量産型で、同社の契約モニターに無料で貸し出されていた様ですが、現在その全ての機体を回収。当局に提出された最新の報告書によれば、機体及びソフトウェアにはいかなる欠陥も存在しないと・・・」
荒巻大輔「聞いていたんだろうな。」
バトー「新型のガイノイドが原因不明の暴走を起こして所有者を襲いメーカーが大慌てで回収した。後はお定まりの遺族の告訴、製造責任を巡る長い民事裁判、莫大な賠償金・・・なぜ9課が動くのかを除いて理解したつもりですが。」
荒巻大輔「理解だと・・・?理解なんてものは概ね願望に基づくものだ。現時点で9課が介入した理由は2つ。まず遺族による告訴は1件も提出されていない。全てのケースで、ロクス・ソルス社との間に示談が成立している。2つ、被害者リストの中に政治家、公安関係の退職者各1名が含まれている。テロの可能性が存在する以上、これを9課が扱うべき事件かどうか判断するのも、我々の仕事だ。被害者の線はイシカワアズマ。お前達は、問題のガイノイドを洗え。」
トグサ「あ」
荒巻大輔「質問はなしだ、行け。」

トグサ「言っとくけど、志願した訳じゃないんだぜ。そりゃ、少佐に比べりゃ不足かもしれんが・・・」
バトー「そんなんじゃねえ。」
トグサ「まだ、失踪扱いなんだってな。」
バトー「元々あいつの所有物は、脳味噌とゴーストだけだった。もっとも本人はその存在すら疑ってたがな。義体電脳も政府の備品に過ぎないし、電脳内の機密情報を含めた記憶一切が、政府の所有物だったんだ。上の連中が回収したいのはその記憶であって、あいつの生死それ自体は問題じゃない。」
トグサ「で、何処から始める?」
バトーロクス・ソルス社は北の彼方、北端のメーカーだからな。まずは地道に所轄の鑑識から始めるさ。」

刑事「あんたか。」
トグサ「昨日このおっさんが潰した人形なんだが・・・」
刑事「内の若いのが2人も殺られてるんだ。まさか、お持ち帰りじゃあるまいな。」
トグサ「その判断も含めて調査に来たのさ。」
刑事「鑑識は19階通路の突き当たりを右だ。案内が必要か?」
トグサ「結構。ツアーに来た訳じゃない。」
刑事「柿も青いうちは烏も突き申さず候。美味しくなると寄って来やがる。」

バトー「お前もデカだった頃にゃ、突然やって来て山を横取りする連中に、嫌味の一つも垂れた口なんじゃねえか?」
トグサ「だから嫌なのさ。昔の自分を見てる様でね。」
バトー「自分のツラが曲がっているに鏡を責めてなんになる・・・」
トグサ「鏡は悟りの具にあらず。迷いの具なり、か。」
バトー「お互い、鏡を覗き込む様なツラじゃねえがな。」

ハラウェイ「何度来ても無駄よ。共同検査はしないと言ったでしょ。余りしつこいと拘留するわよ。」
トグサ公安9課トグサ。こっちの怖そうな旦那は・・・」
ハラウェイ「ダブルオーバック※1でこの娘を潰した人ね。せめて50口径のホローポイント※2にしてくれれば復元も楽出来たんだけど。」
バトー「3人殺した。内2人は警官だ。」
ハラウェイ「撃たれる前に自殺しようとしていた・・・そうよね?」
トグサ「自殺ってのは一体・・・ああ・・・」
ハラウェイハラウェイ。」
トグサ「ミス・・・ハラウェイロボットが自殺ってのはどういう事です?」
ハラウェイガイノイド達は自ら故障する事によって人間を攻撃する許可を作り出すの。但しその論理的帰結として倫理コード第3項からも解放される。」
トグサ「人間に危害を加えない条件下に於いて自らの存在を維持せよ。正確には自壊と呼ぶべきだと思うけど?」
ハラウェイ「お望みなら、人間と機械の区別を自明の物としたいならね。」
トグサ「その自殺は特定のモデルに固有の現象?」
ハラウェイ「そうとばかりも言えないわね。此処数年でロボット関連のトラブルは急増の傾向を示しているの。愛玩用が特に酷いわ。」
トグサ「原因は?」
ハラウェイ「さぁ・・・ウイルスや微生物による電脳汚染、製造工程での人為的ミス、部品の経年劣化による機能不全、幾らでもあるけど。」
トグサ「けど?」
ハラウェイ「私に言わせれば、人間がロボットを捨てるからよ。要らなくなってね。モデルチェンジで新製品を次々に購入、廃棄された一部が浮浪化し、メンテナンスも受けぬままに変質してゆく・・・ロボット達は使い捨てをやめて欲しいだけなのよ。」
トグサ「まさか。」
ハラウェイ「人間とロボットは違う。でも、その種の信仰は白が黒でないと言う意味に於いて、人間が機械ではないと言うレベルの認識に過ぎない。」
ハラウェイ「工業ロボットはともかく、少なくとも愛玩用のアンドロイドガイノイドは、功利主義や実用主義とは無縁な存在だわ。何故彼等は人の形、それも人体の理想型を模して作られる必要があったのか。人間は何故こう迄して自分の似姿を作りたがるのかしらね。」
ハラウェイ「貴方子供は?」
トグサ「娘が1人。」
ハラウェイ「子供は常に人間と言う規範から外れてきた・・・つまり確立した自我を持ち自らの意思に従って行動するものを人間と呼ぶならばね。では人間の前段階としてカオス※3の中に生きる子供とは何者なのか?明らかに中身は人間とは異なるが人間の形はしている・・・女の子が子育てごっこに使う人形は実際の赤ん坊の代理や練習台ではない。女の子は決して育児の練習をしているので無く、寧ろ人形遊びと実際の育児が似た様なものなのかもしれない。」
トグサ「一体なんの話をしてるんです?」
ハラウェイ「つまり子育ては、人造人間を造ると言う古来の夢を一番手っ取り早く実現する方法だった。そういう事にならないかと言ってるのよ。」
トグサ「子供は・・・人形じゃない!」
バトー「人間と機械、生物界と無生物界を区別しなかったデカルト※4は、5歳の年に死んだ愛娘にそっくりの人形をフランシーヌと名付けて溺愛した。そんな話もあったな。」
トグサ「そろそろ現実的な話をしませんか?そのロボットロクス・ソルス社製タイプ2052ハダリに関する所見を聞きたいんですがね。」
ハラウェイ「そうね。よく出来てるわ。このボディは先行量産型だそうだけど。特殊仕様になってる様ね。」
トグサ特殊仕様?」
ハラウェイ「メイドタイプには不要の器官が装備されている。」
トグサ「と言うと?」
ハラウェイセクサロイドよ。世間に自慢出来る趣味じゃないけど、違法ではないわ。」
トグサ「成る程。遺族が告訴を取り下げた訳だ。」
ハラウェイ電脳は機能停止と同時に初期化。これはメーカーが制御ソフトの技術情報を守る為の通常の処置ね。只・・・」
トグサ「只、なんです?」
ハラウェイ「音声バッファにファイルが残ってたわ。再生します。」
ハダリ「助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。たす」
バトー「色々とどうも。」
トグサ「あ・・・おい。」
トグサ「ああ、不躾な質問で、大変恐縮なんですが」
ハラウェイ「私は子供を産んだ事も育てた事も無い。ちなみに卵子バンクにも登録していない。」
トグサ「どうも有難う。ミス・・・」
ハラウェイハラウェイ。ミスもミセスも要らないわ。」

トグサ「なんか技術屋らしくないな、あのオバさん。」
バトー「備考欄に感想を書くタイプさ。俺もよく書いた。」
トグサ「それで出世が遅れたんだ。」
バトー「とりあえず、あのガイノイド電脳は9課のラボで確保だな。」
トグサ「あの小母さんとの縁も終わりか。」
バトー「お付き合いしたいタイプか?」
トグサ「実は年上が好みなんだ。次は?」
バトー「ルーチン通りにやるさ。」
トグサ「出荷検査官か。」
通信音声「09より907、201地区のボートハウスで602発生。被害者はロクス・ソルス社の出荷検査官。所轄と2分差で現場を確保。」
トグサ「907了解。なんとまあ、間のいいこった。」
バトー「春の日やあの世この世と馬車を駆り※5だ。」

バトー「なんだ、お前だけか?」
イシカワコガは夕食に食ったツナサンドと再会した後でお六※6と一緒に戻った。」
バトー「だらしのねえ野郎だ。」
イシカワ「22分前の状況だ。」
トグサ「新人にこれを拾わせたのか?」
イシカワ「何事も教育さ。」
イシカワ:状況を確認するぞ。被害者の電脳照合。ロクス・ソルス社出荷検査部長、ジャック・ヴォーカーソン54歳。 5日前に休暇届を提出したまま失踪。このボートハウスは3日前に1週間の予定でレンタル契約。凶器は備え付けの台所用品。辺の車両探査、犯罪車両の駐車記録あり。暴力団関係、照合中。被害者のものと思われる上着から、各種カード7枚。使用状況、照会中。
イシカワ:おっと、38口径SW、モデル2602。使う暇がなかったらしいな。
トグサ:そんなんじゃ使っても無駄だったかもな。違法に高出力のサイボーグ、変質者を装ったプロかも。
通信音声:969より906、現場到着迄20秒。おい、現場を
イシカワ:いじってねえよ。
トグサ:後は鑑識に任せよう。907より09、現場を969に引き継ぐ。
通信音声:09了解。
トグサ「今日は娘の誕生日なんだ。」
イシカワ「所帯持ちか・・・」
トグサ「送るぜ。」
バトー「逆方向だ。イシカワイシカワ「俺も逆だぜ。」
バトー「娘の誕生日は優先事項だとよ。」
鑑識課長「楽しそうじゃねえか。」
イシカワ「直々のお出ましとは珍しいな。」
鑑識課長「お六のパーツが足りねえから出張ってきたんだ。」
イシカワ「邪魔しねえからゆっくり探しな。」
鑑識課長「何故所轄に任せねえんだ?」
トグサ「親父の奴が入れ込んでるのさ。」
鑑識「ありました!冷蔵庫の瓶の中に仕分けされてます。心臓、肝臓、腎臓、それに膵臓も。」
鑑識課長「律儀な野郎だ。」

イシカワ「犬丸食品のフレッシュタイプか。ドライにすりゃ半年は持つぜ。」
バトー「あんなもの食い物じゃねえ。」

イシカワ「組んでるんだってな、トグサと。研修所上がりのルーキーと組まされるよりは増しだと思うぜ。」
バトー「デカ上がりにしちゃ使える。奴に不満がある訳じゃねえ。」
イシカワ「ま、お前と組んで遜色なかったのは、少佐だけだったからな。」
イシカワ「なあ」
バトーイシカワ。お前最近口数が増えたぞ。」

バトー「じゃな。」
イシカワバトーバトー「なんだ?」
イシカワ「悪いこたあ言わねえ、ドライにしろ。栄養のバランスから考えても、それが賢い選択だ。」

鑑識課長:死因は、衝撃による頚椎の切断。台所用品は殺人の凶器で無く、遺体の損壊に使用した物と判明した。
アズマ:つまり、殺しの後でゆっくりばらしたって事?
鑑識課長:そういう事になるな。冷蔵庫に保管されていた内臓は、被害者の物と確認。胃、及び、肝硬変の前期症状あり。アルコール依存症だったらしい。
イシカワ:ご丁寧に腑分けした訳は?
コガ:実行者の精神異常、変態趣味の偽装?
トグサ:制裁もしくは報復の意思の強調。
イシカワ:その場合は、愉快犯を装ったプロの犯行の線は消えるな。変形したドアノブの方は?
鑑識課長:解析の結果、義肢のタイプは中国製モデルNR26と判明。
イシカワ:蟹挟みだ。
アズマ:軍用だろあれ。
コガ:闇で流れてますよ?機能不全が多いけど。
鑑識課長:ちなみに、お六の千切れた首との照合も一致した。
イシカワ:例の犯歴のある車両の所有者、どうなった?
コガ:違法改造を重ねたらしくって洗い出すのが大変
イシカワ:結論だけ報告しろ。
コガ:隣接する駐車場の記録から追跡調査した結果、当該車両は指定暴力団紅塵会の所有車。耐弾処理及びシャシーと後部ダンパーの補強済み。過去に数回、傷害事件の現場で目撃されてます。
アズマサイボーグ御用達だ。
イシカワ:違法で高出力な用心棒のな。ヤクザの意趣返しか?
トグサ:問題は動機だ。紅塵会ってのは・・・
アズマ:日系暴力団の老舗。麻薬売春賭博人身売買地上げ、その他なんでもありのヤクザ。組長の井上が3日前に、例のハダリに首もぎ取られて、今は代貸※7ワカバヤシって野郎が仕切ってる。
コガ:決まりじゃない。
アズマ:先代の報復は襲名の絶対条件だもんな。
トグサ:一つだけ問題がある。被害者が報復を予測していたのなら、態々紅塵会の所在地に潜伏していた理由はなんだ?
アズマ電脳のデータは消えちまってるし、害者の身辺を洗うしかないか。
イシカワ:いずれにせよ所轄の仕事だなこりゃ。
荒巻大輔ロボットの暴走を偽装したテロの線は?」
イシカワ:現時点で被害者達を結びつける政治的要件はなし。その線は薄いっすね。
荒巻大輔「この件を含めタイプ・ハダリの暴走事故については、バトートグサの専従捜査に切り替える。他の者は通常のシフトに戻れ。解散。」
荒巻大輔トグサ。出る前に、顔を出せ。」

荒巻大輔「どうだ?」
トグサ「とりあえず、紅塵会ロクス・ソルスの繋がりを洗うしか。」
荒巻大輔バトーの話だ。心理的傾向を相互にチェックするのは通常の対応だ。」
トグサ「と言われても、俺はサイボーグでも電脳医師でもありませんからね。」
荒巻大輔「シーザーを理解する為にシーザーである必要はない。お前は家族持ちだったな。今の自分を幸福だと感じるか?」
トグサ「ええ、まぁ。」
荒巻大輔「人は概ね自分で思う程には幸福でも不幸でも無い。肝心なのは望んだり生きたりする事に飽きない事だそうだ。」
トグサ「なんの話です?」
荒巻大輔「最近のあいつを見ていると、失踪する前の少佐を思い出す。孤独に歩め、悪をなさず、求める所は少なく、林の中の象の様に。」
トグサ「部長。俺を選んだ理由はなんです?」
荒巻大輔「お前を所轄から抜いたのが少佐だったからだ。」

バトー「なんの話だった?」
トグサ「シーザーを理解する為に、シーザーである必要はないそうだ。」
バトー「そいつは尤もだ。世界は偉人達の準で生きる訳にはいかねえからな。」
トグサ「戦争でも始めるつもりか?!」
バトー「ヤクザの事務所へ行くのにヤクザになる必要はねえが、武器は必要だろう?」
トグサ「なあ、出かける前に確認したいんだが。」
バトー「何を?」
トグサ「話を聞くだけだよな?」
バトー「お前、ヤクザ嫌いか?」
トグサ「大嫌いだ!」
バトー「俺もだ。」
トグサ「話を聞く、それだけだな?」
バトー「言っただろ。ヤクザの事務所へ行くのに」
トグサ「ヤクザになる必要はない。だが武器が必要だとも言った。俺は家族持ちなんだ。」
バトー「俺一人でもいいんだぜ。」
トグサ「一緒に行くさ。パートナーだからな。だから約束してくれ。」
バトー「話を聞くだけ。可能な限り発砲は避ける。これでいいか?」
トグサ「結構だ。」
バトー「それじゃ行こうか、相棒。」

暴力団員A「なんだてめえら。」
バトーワカバヤシって野郎に話がある。呼んで来い。」

トグサ「発砲は、避けるって。」
バトー「だから避けたさ。可能な限りな。行けよ、ポイントマン。新手が来るぜ。」
暴力団員B「おらー!」
暴力団員C「映像?」
暴力団員D「俺達の目に侵入しやがったのか!」

バトー「てめえらの半端な電脳を恨みな。」

バトー「どうした?」
トグサ「狭くて暗い階段。どう攻める。」
バトー「時差で行こう。俺が先発する。」
トグサ「俺が行く。あんたが先じゃでかくてバックアップ出来ない。」

ワカバヤシ「うん・・・ん?」
バトー「てめえの贈り物は頭の上で爆破した。仮に最大効果域で爆発したとしてもだ、防護服着たサイボーグを、たった2個で殺れる訳ねえだろ。なめてんのか。」
バトー「出荷検査部長の殺しだけじゃねえ、ロクス・ソルスとの繋がりも吐いて貰うぞ。」
バトー「出るもんが出たな。」
バトー「来いよ蟹野郎。不味そうだが相手してやるぜ。」
バトー「あんな大技が決まる訳ねえだろ。馬鹿。」
ワカバヤシ「検査部長の所在を教えるからって、それで手討ちを。俺3年ぶりに娑婆に出てきたばかりなんだよ。先代があの会社と何をしてたかなんて知らねえよ。」
バトー「生きてるか?相棒。」
トグサ「女房と娘の顔が、頭ん中一杯に広がっちまって。」
バトー「そいつは女房でも娘でもねえ。死神って奴だ。」

荒巻大輔「儂は捜査しろと命じたんだ。手続きを省略して法を執行しろと言ったつもりもなければ、況してヤクザの事務所に殴りこみに行けと命じた覚えも無い。此処はジャングルではないし、お前達も特殊部隊の殺し屋ではない。」

バトー「まだ怒ってんのか?」
トグサ「怒っちゃいないさ。只、命を救って貰っといて、言うのもなんだが、あんたと組んでると、命がいくつあっても足りゃしないって事は、確かだ。」
バトー「2人だけの専従捜査なんだ。ぬるい事やってても埒が明かない。ロクス・ソルスに後ろ暗い所があるなら、必ず食らい付いてくる。」
トグサ「それで態と派手に?」
バトー「親父が本気で怒ってるなら、俺もお前も今頃は職務停止だ。その先で止めてくれ。」
バトー「じゃな。」

客「キルゾーンに踏み込んでるわよ。」

技師「その右腕、勝手に再設定したりするなよ。制御ソフトのバージョンアップが、射撃管制ソフトと競合して、機能不全を引き起こした例もある。」
バトー「そん時は初期化して貰うさ。なあ、俺のオリジナルの残りは何処だったかな?」
技師「やめとけよ。その腕の有機素材だって、あんたのDNAと適合させてあるんだ。」
バトー「使い込めば俺のオリジナルになる・・・か。」
トグサ「いて!ちょっと待てこら。」
バトー「こいつが、お前に抱かれて来たって事は。」
イシカワ「お前の愛の巣に押し込んだのさ。帰らぬ主人を待って、腹ペコ糞塗れで鳴いてる姿を想像すると、胸が痛くなるんでな。こう見えても犬には優しいんだ。」
トグサ「一晩預かったのは俺だけどな。娘は大喜び、女房は絨毯汚されてカンカン。」
バトー「いつから、監視してたんだ。」
イシカワ「いいじゃねえかそんな事。」
トグサ「良かないさ。人をスクリーン※8に使いやがって。」
イシカワ「気が付かなかったお前が未熟なのさ。恨むなら親父を恨みな。」
トグサ「それクローン?オリジナルは高いんだろ。」
バトー「元々この犬種は交配に人工授精を使った最初の犬なんだそうだ。」
イシカワ電脳に進入されるなんざお前らしくもねえ。生活習慣を固定するから罠を仕掛けられる。だからドライにしろと言ったんだ。」
バトー「こいつの好物でなあ。この辺じゃ、あの店でしか手に入らねんだ。」
トグサ「踊らされて大立ち回りを演じ、自分の腕に5発も叩き込んだ挙句に、危うく店の親父を射殺する所だったんだぜ。」
イシカワ「呆けてたとは言え、この男にハッキング出来る奴なんざそうざらには居ねえ。少佐を別にすりゃ・・・」
バトー「真っ先に、自分の頭をき飛ばさなかった理由は?」
イシカワ「目的がお前さんの抹殺で無く、スキャンダルだからさ。暴力団の事務所に殴りこんで、10数名を天国と病院へ送り込んだ。その日付も変わらねえ内に、今度は食料品店で銃を乱射と来りゃ、頭がいかれたか電脳が狂ったと思われても仕方ねえ。」
トグサ「おい待てよ。襲撃をかけられたのは今回の事件が単純な事故でない証拠だ。此処で引いたんじゃ」
バトー「9課の存在意義を問われる。あいつが居ればそう言ったに違いねえ。」
イシカワ「親父からの伝言だ。捜査は続行。但しこれ以降は、物証が挙がらない限り公式の組織的支援は無しだ。」
バトーロクス・ソルス社に直接当たるしかねえな。」
イシカワ「迅速に勝る機密保持はない。すぐに北端へ飛べ、だと。」
トグサ「北端に?」
イシカワ「2人じゃ不足か?」
トグサ「いや、しかし・・・この犬は?」
イシカワ「そもそもこの稼業の、それも独り者が犬と暮らしてる事が論外なんだ。それも選りにも選ってこんな手間のかかる犬なんか飼いやがって。てめえらでなんとかしな。」

バトー「嘗て、極東最大の情報集約型都市として建設され、栄華を極めた択捉経済特区。その成れの果てが、この巨大な卒塔婆※9の群れだ。国家主権が曖昧な所につけ込まれて、今じゃ多国籍企業やそのお零れに預かる犯罪組織の巣窟。国連のネットポリスやASEANの電警も手が出せない無法地帯になっちまった。個体が作り上げた物もまた、その個体同様に遺伝子の表現形だって言葉を思い出すな。」
トグサ「それってビーバーのダムや蜘蛛の巣の話だろ。」
バトー「サンゴ虫の作り出す珊瑚礁と言って欲しいな。ま、それ程美しかねえが。生命の本質が遺伝子を介して伝播する情報だとするなら、社会や文化もまた膨大な記憶システムに他ならないし、都市は巨大な外部記憶装置って訳だ。」
トグサ「その思念の総計は如何に多きかな、我これを算えんとすれどもその数は沙よりも多し。」
バトー「旧約聖書、詩篇の139節か。とっさにそんな言葉を検索するようじゃ、お前の外部記憶装置の表現形も、ちっと偏向してるな。」
トグサ「あんたに言われたかねえな。」
パイロット「お話中だが、間も無くロクス・ソルスの本社ビル上空だ。態々迂回してやるんだからしっかり拝んどきな。」

パイロット「オプションツアーは終わりだ、着陸態勢に入るぞ。」
トグサ「彼ら秋の葉の如く群がり落ち、狂乱した混沌は吠えたけり。」
バトー「今度はミルトン※10か。だが俺達はサタンじゃねえぜ。」

悲傷しみに(かなしみに)
鵺鳥鳴く(ぬえどりなく)

吾がかへり(わがかえり)
見ずれど(みずれど)
花は散りぬべし(はなはちりぬべし)

慰むる心は(なぐさむるこころは)
消ぬるが如く(けぬるがごとく)

新世に(あらたよに)
神集ひて(かみつどいて)
夜は明け(よはあけ)
鵺鳥鳴く(ぬえどりなく)

咲く花は(さくはなは)
神に祈ひ祷む(かみにこいのむ)
生ける世に(いけるよに)
我が身悲しも(あがみかなしも)
夢は消ぬ(いめはけぬ)

リン「バ・・・バトー!?」

バトー「偉くなったな。俺を呼び捨てにする貫禄を何処で拾った?」
リン「あんたに受けた恩義は忘れちゃいねえ。」
バトー「忘れねばこそ思い出さず候か?」
リン「堪忍してくれバトー・・・さん。」
バトー「さん付けで呼ばれる様な貫禄不足でもねえ。」
リン「許してください。拝みます頼みます一生恩に着ます。」
バトーキムって野郎知ってるな?」
リン「そんな野郎は知らねえ。いや、そんな名前の野郎はこの街にゃ幾らでも落ちてるぜ。」
バトー「俺が探してるキムは一人しか居ねえよ。」
リン「この商売にも信義って奴があるんだ。」
バトー「信義に2種あり。秘密を守ると、正直を守るとなり。両立すべき事にあらず。てめえの信義はどっちだ。」
リン「秘密なきは誠なしとも言うぜ。」
バトー「もう一度聞く。キムって野郎を知ってるな。」
リン「そんな野郎は知らねえ。いや、そんな名前の野郎は・・・」
トグサ「生死の去来するは棚頭の傀儡たり。一線断る時、落落磊磊。」

生ける世に(いけるよに)
我が身悲しも(あがみかなしも)
夢は消ぬ(いめはけぬ)
怨恨みて散る(うらみてちる)

トグサ「で?」
バトー「元は、軍の長距離スカウトだった。人の上に立つを得ず。人の下につくを得ず。路辺に倒るるに適すって奴で、特殊部隊やら、電子戦部隊やらを転々とする間に、武器密売その他で経歴はドロドロ。結局は、お定まりのハッカーに落ち着いた。」
トグサ「凄い素性って奴だな。」
バトー「ロバが旅に出たとこで、馬になって帰ってくる訳じゃねえ。器なりに身を持ち崩した、馬鹿な男さ。行くか。」

トグサバトー、最上階の書斎だ。

トグサ「来るのが遅かったな。大方何処かに潜り込もうとして、攻性防壁に脳を焼かれたんだろう。どっちにせよ、この程度じゃ役に立たなかったかもな。」
バトー「遺言により生花造化放鳥のご贈与は固くお断り申し上げ候、だと。」
トグサ「おい。」
バトー「寝ぬるに尸せずってな。死体の様に寝ちゃならねえと孔子様も仰ってる。てめえのくだらねえ冗談に付き合う程暇じゃねえ。」

キム「久しぶりだな。根室の上陸工作戦以来か。」
バトー「仕事で来たんだ。」
キムロクス・ソルスか。ロボットメーカーとしては後発だが、高級ガイノイドの開発と生産を専らにしてから、急速に事業を拡大。政治家や高級官僚、果ては犯罪組織との癒着も囁かれている。当局の立ち入りを警戒して、その製造ラインは沖合いに停泊した多国船籍のプラント船に置かれてるがな。あそこの人形は中々よく出来てる。」
トグサ「人殺しをやらかした挙句に自殺する位か。」
キム「それが事実なら無粋な話だ。」
キム「人形に魂をき込んで人間を模造しようなんて奴の気が知れんよ。真に美しい人形があるとすれば、それは魂を持たない生身の事だ。崩壊の寸前に踏みとどまって、爪先立ちを続ける死体。」
バトー電脳化した廃人に成り下がる。それが理由か。」
キム「人間はその姿や動きの優美さに、いや、存在に於いても人形に敵わない。人間の認識能力の不完全さは、その現実の不完全さをもたらし。そして・・・その種の完全さは意識を持たないか、無限の意識を備えるか、つまり、人形或いは神に於いてしか実現しない。」
トグサ「そろそろ仕事の話しないか?」
キム「いや、人形や神に匹敵する存在がもう一つだけ。」
バトー「動物か。」
キム「種類の比はあるが、我々の様に自己意識の強い生物が決して感じる事の出来ない、深い無意識の喜びに満ちている。認識の木の実を貪った者の末裔にとっては、神になるより困難な話だ。」
バトー「致し方無く、人形に入って死んだ振りをする。それが理由か。」
キム「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らんやと孔子様も言ってるぜ。死を理解する人間は稀だ。」
キム「多くは覚悟で無く、愚鈍と慣れでこれに耐える。つまり、人は死なざるを得ないから死ぬ訳だ。」
バトー「生身の人形は死を所与の物としてこれを生きる。キムが完全な義体化を選んだ、それが理由だった。」
トグサ「で?」
バトー「その後は特殊部隊やら電子戦部隊やらを転々、その間に武器密売その他で経歴はドロドロ。結局は、お決まりのハッカーに落ち着いた。」
トグサ「凄い素性って奴だな。」
バトー「ロバが旅に出た所で、馬になって帰ってくる訳じゃ・・・」
トグサ「どうした・・・行こうぜ。」

トグサバトー!」

バトー「本月本日を以てめでたく死去致し候。この段広告つかまつり候なり。」
トグサ「おい。」
キム「実に嫌な気分だろう。良く分かるよ。」

キム「外見上は生きている様に見える物が、本当に生きているのかどうかと言う疑惑。その逆に、生命の無い事物がひょっとして生きているのではないかと言う疑惑。人形の不気味さは何処から来るのかと言えば、それは、人形が人間の雛形であり、つまり、人間自身に他ならないからだ。人間が、簡単な仕掛けと物質に還元されてしまうのではないかと言う恐怖。つまり、人間と言う現象は、本来、虚無に属しているのではないかと言う疑惑。」
トグサ「いい加減仕事の話しようぜ。」
キム「生命と言う現象を解き明かそうとした科学も、この恐怖の醸成に一役買う事になった。自然が計算可能だと言う信念は、人間もまた、単純な機械部品に還元されると言う結論を導き出す。」
バトー「人体は自らゼンマイを巻く機械であり、永久運動の生きた見本である。」
キム「18世紀の人間機械論は、電脳化義体化の技術によって再び蘇った。コンピューターによって記憶の外部化を可能にした時から、人間は生物としての機能の上限を押し広げる為に、積極的に自らを機械化し続けた。それはダーウィン流の自然淘汰を乗り越え、自らの力で進化論的闘争を勝ち抜こうとする意思の表れであり、それ自身を生み出した自然を超えようとする意思でもある。完全なハードウェアを装備した生命と言う幻想こそが、この悪夢の源泉なのさ。」
バトー「神は・・・永遠に・・・幾何学する。」

バトー「いくぞ!」

トグサバトー!」

バトー「気分はどうだ。」
トグサ「俺は・・・一体?」
バトー「疑似体験の迷路だ、電脳ハッキングされたのさ。幸運が3度姿を現す様に、不運もまた3度兆候を示す。見たくないから見ない。気がついても言わない。言っても聞かない。そして破局を迎える。だが俺達の世界じゃ3度どころか、最初の兆候を見逃せば終わりだ。てめえの冗談に付き合う暇はねえと言った筈だ!」
キム「いつ気がついた?」
バトー「騙してやろうと待ち構えている奴程騙しやすいもんだ。お前は電子戦の専門家だったかもしれねえが、生憎俺も諜報戦のプロなんだ。それにな、俺には守護天使が付いてる。その馬鹿でかい外部記憶のセーブデータから、ホールの記憶を検索してみな。」
バトー「ヤコブ・グリム※11によれば、人造人間のゴーレムは、額に書かれた『aemaeth』つまり『真理』の文字によってエネルギーを得ていたが、最初の文字aeを消され『maeth』即ち『死』を示されて土へ還った。この館に真実はないってご宣託だ。」
キム「俺の組んだ防壁を突破して進入しただと。馬鹿な。そんな真似が出来る奴が!」
バトー「だから言ったろ、守護天使だって。ゲームオーバーだキム。色々と吐いて貰うぞ。」

バトー「そいつは只の人形だ。往生際が悪くなったなキム。俺にそんな目眩ましが効くか。」
キムバトー、これがまだ擬似信号の作り出す現実の続きでないと言い切る自信が、お前にあるのか?」
バトー「囁くのさ・・・俺のゴーストが。」
キム「人間もまた生命と言う夢を織り成す素材に過ぎない。夢も知覚も、いや、ゴーストさえも、均一なマトリクス※12に生じた裂け目や歪みなのだとしたら。」
バトー「俺もお前と同じくだらねえ人間だが、俺とお前じゃ履いてる靴が違う。ゴーストが信じられねえ様な野郎には、狂気だの精神分裂だのって結構なもんもありゃしねえ。お前の残り少ない肉体は、破滅する事も無く、分相応な死って奴が迎えに来る迄、物理的に機能するだろうよ。」
キム「あっ、あああ・・・」

トグサ「本当に、物理現実に帰ってるんだろうな?」
バトー「思い出をその記憶と分かつ物は何も無い。そしてそれがどちらであれ、それが理解されるのは、常に後になってからの事でしかない。主時間はセーブ不能だから辛いな。電脳化して外部と記憶を共有化した以上、必ず付いて回る付けだ。家で待ってる女房や娘が本当に居るかどうか、いやそもそも自分は未だに独り者で、どっかの部屋で家族の夢を見ているんじゃないか。それを、確かめてみたくはならないか?」
トグサ「気付いてたんだったら何故!?」
バトー「奴の目的を確かめる必要があったんでな。俺が依頼に来ると踏んで、罠を仕掛け、疑似体験を注入して追い払う、そんなとこだろう。俺を躍らせて右腕をっ飛ばした時に、電脳内にを付けたのかもしれん。イシカワの言う通り、そんな真似が出来る奴がその辺に落ちてる訳が無い。ロクス・ソルスだって同じ事考えるさ。」
トグサ「それじゃ、初めから予想して」
バトー「罠に落ちたと見せて懐に飛び込むつもりだったが、キムの野郎流石にいい腕してやがる。サインが無けりゃ逃げ損なうとこだった。」
トグサ「あんたが言ってた、守護天使ってのは?」
バトー「あいつは行っちまったのさ。均一なるマトリクスの裂け目の向こう。広大なネットの何処か。その全ての領域に融合して。自分が生きた証を求めたいんなら、その道はゴーストの数だけあんのさ。お前にだって娘がいるじゃねえか。ジャングルに居た頃には、あのキムにだって分かってた筈なのにな。」
トグサ「俺にも一つだけ分かった事があるぜ。」
バトー「何が。」
トグサ「俺にあんたのパートナーは務まらないって事さ。」
バトー「やけに弱気になったもんだな。」
トグサ「あんたの言い草じゃないが、俺は生きて娘のとこに帰りたいんでね。」
バトー「とは言っても給料分は働いて貰うぜ。」
トグサ「まだやるのか。奴の電脳にあるデータで、ロクス・ソルスの犯罪性は・・・」
バトー「立証出来るのは俺達に対する操作妨害と電脳倫理違反だけ。しかも俺達の捜査は非公式ときてる。ガイノイドが引き起こした連続殺人事件の刑事責任を問う為にゃ、物証って奴が必要だろう。」
トグサ「と言っても、キムの線は切れちまったし」
バトー「切れちゃいねえよ。ゴーストパックした奴の電脳は、今もロクス・ソルスに繋がってる。連中が形振り構わず全てを始末しちまう前に、片を付けなきゃならねえ。」
バトー「昔の人はいい事言ったぜ。理非無き時は鼓を鳴らし攻めて可なり、ってな。談判破裂して暴力の出る幕だ。」
トグサ「おい、ヤクザの事務所に押しかけるのとは訳が違うんだぜ。」
バトー「お前のマテバに期待しちゃいねえよ。」
バトー「鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く中に潜む、か。」

バトー:エスコートと接触した。
トグサ:了解。
パイロット:その体でよく潜る気になったもんだ。この辺は深くて、沈んだら俺達でも回収不能だぜ。
バトー:昔ダイビングを趣味にしてたサイボーグの知り合いが居たんだが。
パイロット:で?
バトー:そいつの気が知れねえ。
パイロット:リンの野郎の紹介だから付き合うが、あの船に行って生きて帰った奴は1人もいねえって話だ。あんたの気も知れねえよ。
バトー:全くだ。行ってくれ。
パイロット:しっかり掴まってな。

トグサ:12秒後に、センサーのピケットラインに接触。2秒間だけ回線に擬似信号を流す。
バトー:了解。
トグサ「こいつ、警備主任の電脳に直結してやがる。」
トグサ:同調開始。

バトー:潜り込んだ。船内のデータを転送してくれ。

バトー:ロード終了。しっかり俺の目に乗ってるか。
トグサ:もちろん。大先輩の突入だからな。録画開始した。
バトー:可愛くねえ野郎だ、てめえは。

警備AI:侵入者。レベル2でセキュリティシステム再起動。全施設内、電脳活性状態を探査・・・メモリ活性量とウイルスのサイズが一致する端末を検索。遅効性ウイルスの可能性、相互に監視。主任に対する論理接続不能、初期化実行せよ。システム再起動完了。セキュリティレベル2。侵入者に迂回路を設定。論理防壁を再構築。抗体をロード。ウイルス検索進行中。逆探チーム、デコイ装備せよ。防壁に潜伏型ウイルス、全種展開。防壁014突破された。防壁032。タイプ280。エラー発生。患部隔離開始。外防壁、レベル1で再構築。敵攻性防壁、変動パターン判明。ウイルス転送開始。

バトー:撤退しろ。これ以上は危険だ。脳を焼かれるぞ!
トグサ:まだだ、もう少しやれる。
バトー「馬鹿野郎!無茶するんじゃねえ!」

警備AIガイノイド製造ライン。タイプ・ハダリ最終工程に非正規入力。未確認の潜伏型ウイルスと推定。抗体を全種展開して阻止せよ。追随不能。全機体起動中。システムに論理接続不能。戦闘用義体制御プログラム、ロード進行中。」

アナウンス「警戒・・・TH07ラインの機体、異常起動中・・・警備班は武装して当該ラインへ迎え。繰り返す・・・」

バトー:精霊は現れたまえり。久しぶりだな、少佐。今はなんと呼ぶべきかな。
草薙素子:正確には衛星経由で私の一部がロードされてるだけよ。このガイノイド電脳は容量が不足ね。戦闘用の義体制御システムだけで一杯。表情と声はこの程度で勘弁して。
草薙素子:この回廊の先、50メートル程行った所に緊急端末がある筈よ。そこから接続して一気にシステムを制圧するわ。
草薙素子:変わってないわね。
バトー:行けよ、ポイントマン。後ろは俺が固める。昔の様にな。

草薙素子:何人か鏡を把りて魔ならざる者ある。魔を照すにあらず、造る也。
バトー:おい、感慨に耽ってる場合じゃねえぞ。残弾が少ねえんだ。
草薙素子:即ち鏡は、瞥見す可きものなり、熟視す可きものにあらず。

バトー:おい大丈夫なのか。
草薙素子:この船の制御システムを押さえる迄の間よ。床の補助端末に繋いで。
草薙素子:制圧する迄この義体の物理的機能は停止。頼りはバトーの30口径だけよ。
バトー:射撃は自前の脳味噌でなんとかなるが、予備弾倉はあと一つだけだ。あれを相手に白兵になったら保証出来ねえぞ。
草薙素子:始めるわ。

警備AI「船内からメインシステムに不正規接続。船内?接続点を探査。攻性防壁を展開せよ。複数端末より擬似信号多数。各端末の電脳活性上昇率変動なし。全外部接続を検索。本社ラインを含む全外部接遮断。船外入力装置、物理遮断。緊急制御システム応答なし。遠隔点火不能。各所で分散型ウイルス合体進行中。システムエリア近傍の防壁、突破される。システム再起動準備。レベル1でデータ隔離開始。中枢システムに不正規接続多数。対処速度が追随しない。」

草薙素子:制圧したわ。全ての外部接続を閉鎖。この船は完全なスタンドアローンよ。
バトー:動き出した?
草薙素子:本船は主権不在の北端から、司法の及ぶ近隣の某国へ向けて南下中。この船自体がロクス・ソルスの犯罪を立証する証拠品と言う訳。
バトー:追っ手がかかるぜ。
草薙素子:その前に護衛艦がエスコートに現れる。既に通報済み。それより、人形に魂をき込んだロクス・ソルスの魔法の正体を拝みに行かない?
バトー:もう知ってるんじゃないのか。
草薙素子バトーにも見当は付いてる。そうね?

バトー「ノイズが全然ない。電波を完全に遮断してるのか。
草薙素子ゴーストダビング。動物実験で、劣化した大量複写は出来るけど、オリジナルの脳が破壊される事が判明して禁止された技術よ」
バトー紅塵会のルートで密輸入した子供達を洗脳し、ガイノイドの機体にそのゴーストをダビングする。ロクス・ソルスガイノイドが評判だった秘密がこれか。」
少女「助けて。」
少女「助けに来てくれたのね。ヴォーカーソンさんが言ってた。きっと警察の人が来てくれるって。助けてくれるって。私は第4段階だけど、一緒にきたソワナは第5段階に進んで、何も聞こえないし、何も答えなくなっちゃったの。」
草薙素子「殺された検査部長は、この子供達の為に倫理行動のプログラムに細工し、それが発覚して組長殺しの手打ちに差し出された。そんな所よ。」
少女「ロボットが事故を起こせば、きっと誰かが気が付いてくれるって。誰かが助けに来てくれるって。」
バトー「犠牲者が出る事は考えなかったのか。人間の事じゃねえ・・・魂をき込まれた人形がどうなるかは考えなかったのか!」
少女「だ・・・だって・・・だって、私は人形になりたくなかったんだもの!」

草薙素子「鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず。声あるものは幸いなり。人形達にも声があれば、人間になりたくなかったと叫んだでしょうね。」
バトー「一つ聞かせてくれ。今の自分を幸福だと感じるか?」
草薙素子「懐かしい価値観ね。少なくとも今の私に葛藤は存在しないわ。孤独に歩め。悪をなさず、求める所は少なく、」
バトー「林の中の象の様に。」
草薙素子バトー、忘れないで。貴方がネットにアクセスする時、私は必ず貴方の傍に居る。」
草薙素子「行くわ。」

トグサ「あの船に、現れたんだろ、あんたの守護天使。またダンマリか。俺が報告書に書くと思ってる?」
バトー「明0820に迎えに来る。こいつを、預かって貰った礼もしなけりゃな。」
トグサ「よかったら、寄ってかないか。」
バトー「他所の家族と団欒する趣味はねえよ。」
トグサの娘「パパー!ねえお土産お土産は?」
トグサ「忘れてないよ。」

脚注

※1 : double o buck ショットガンの実包の一つ。鹿(=buck)等の中型動物猟用の弾。直径8.38mm。
※2 : hollow point 弾頭が凹レンズの様に窪んでいる弾丸。人体等に命中すると先端がキノコ状に変形・拡張し、運動エネルギーを効率よく目標に与える事が可能。
※3 : chaos 此処では恐らく無秩序の意。
※4 : Rene Descartes フランスの哲学者・数学者。近世哲学の父とされる。方法的懐疑によって全てを疑うが、疑っている自己の存在を真理と認め、「我思う、故に我あり」の命題によって哲学の第一原理を確立。更に、この思惟する実体と延長を本質とする物体を、相互に独立とする物心二元論を展開した。また、解析幾何学の創始者でもある。
※5 : 中村苑子(なかむらそのこ)の句。
※6 : おろく 死体の意。「南無弥陀仏」を「六字」と言った事から。
※7 : 貸元の代理をつとめる人の意。博徒組織の貸元とは組長の事であり、代貸は組織のナンバー2、賭場を実質的に仕切る若頭や舎弟頭を指す。
※8 : screen 此処ではふるいにかける、選別するの意だと思われる。
※9 : 仏舎利を安置したり、供養・報恩をしたりする為の建造物の事。
※10 : John Milton 英国の詩人。ピューリタン革命に参加、言論の自由を主張し、共和政府に関与。政復古後は、失明と孤独の内に詩作に没頭した。
※11 : Jacob Grimm 19世紀にドイツで活躍した言語学者・文献学者・民話収集家・文学者、グリム兄弟の次兄。
※12 : matrix 母体、基盤の意。

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